リアルエネルギー:Chageライブ2019.09.13 仲秋の名月。

エネルギーは、消えずにそこにある、のね。

創造主が自分自身を知るために

自分をひっくり返して宇宙に解き放った細胞、

 

その二つが引き合った時に生まれたエネルギー、

そこからそれはずっとそこに在って、

今の私たちにまで続いて引き継がれ・・・というのが

ノウイングの、私たちは何者か、という

宇宙全体の説明のはじめのところで出てくる。

 

エネルギーはそこにあるまま、というのが

わかるような、そうでもないような、

そうなのねーと思っといて次に行くしかない

というのが実情のような感覚もあったけれど、

 

・・・あるな、エネルギーって、そこに。

いわゆる形は無いようで、

それだからこそ実にリアルに。

 

Chage が歌っていて、私たちはそれを聴いていた。

いや、いつも感じることだけれど、

演奏を、音楽を、聴いてるわけじゃないのだ。

それなら機械が音を組み合わせていればいい。

技術でいくらでも生身の人間に近づけることもできるだろうし、

逆にミスタッチの無い演奏の方が得意だろう。

歌詞も間違えない。

 

わざわざ演奏の場に足を運ぶ私たちは、

それを通して放たれるエネルギーに触れようとしているのだ。

 

歌が歌として持って生まれたエネルギー、

歌われて歌われて聴かれて、そこに注ぎ込まれたエネルギー、

それらは、そのまま保存されて、そこにある。

 

そして、それを聴く人を、

それを歌う人を、

ときに、それを始めに形にした本人さえをも、

その歌の持つエネルギーの場所まで引き上げる。

 

ほんとうにあの人は、強い。

自分の立ち位置を俯瞰して把握しながら、

まず歌に触れる人たちを歓ばすことが

あの人の魂の歓びなのだ。

 

世の中は勝手なことを言う。勝手だ。

何も知らないで。

彼の音楽を聴こうともしないで。

彼の胸のうちに、どれだけの闇が押し寄せたことだろう。

 

世の中だけではない。

ASKA自身の態度を、Chage

胸の奥底でどこまでどんなふうに感じてしまったのか、

それは彼自身にしかわからないことではあるけれど、

私たちに見える表面だけでいけば、

この9月のライブでも

ちょうど1年前の9月のライブでも

ASKAが自身のブログで撒き散らしてしまった言葉の

収拾にあたらざるを得なかったのは

Chageのほうだった。

 

もう5年経つ。

私たち皆に悲しいことがわかってしまった直後から

それでも私たちを気遣いつつ、

彼は歌った。

 

その後も、彼はツアーで帰ってきては、歌った。

新しい歌を。

君が僕を選んだ、僕が君を選んだ、と。

魂が打ち震えるような歌だった。

 

あの時には弱虫風が吹きかけた、と本音の一部も語ってくれた。

勝手な世の中が封印してしまったCHAGE&ASKAの楽曲も

良い歌なのだから歌う

と宣言して、歌った。

 

良い歌なのだから、歌うのだ。

魂が震えるから、触れに行くのだ。

それだけだ。

心の中を音楽で伝える姿勢の、理想形のような場だ、

結局Chageに会うたびに、そう感じた。

 

心休まらない、悲しいはずだった条件を

Chageがあまりにきっちりと昇華して

最高の状況にしてしまったおかげで、

その理想のエネルギーを浴びた私は、

僭越ながら、

あの後のライブでは、もう

あの高揚感を超えることはできないのではないか

とすら感じてしまっていた。

 

ところが。

またもやASKAのブログでの発言が

ワイドショーを賑わしているらしい今

(私はもはやASKAのブログも見ないし、

ワイドショーはもっと見ない。

それでも漏れ聞こえてきてしまうところによると

ASKAが一方的な見解をいろいろ書いているらしい、

世の中の人にとっての情報はそれがすべてらしい

ということだけはわかる。

ここには書きたくもない)、

自分の音楽の原点に回帰しつつも

また新たなる境地を表現した歌を、

完全に今に昇華した往年の名曲たちを、

もうあれは、

私たちの胸に、彼は、突き刺した。

私は、突き刺された。

 

エネルギーを見た。

歌の中に込められ、そこに在るエネルギーを、

彼は、生み出した者であると同時に、

増幅させながらその恩恵を最大限に浴びる恵まれた者として、

私たち一人一人に、

 

勇気とは

決して騒ぎ立てず、すべてを赦す強さとは

こういうことだ

 

と、示してくれた。

神々しくすらあった。

 

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彼らがデビューして40年。

このツアーに使うギターを選ぼうとしていた時、

デビューしてすぐ作ったギターの、

埃をかぶったギターケースが

その前を通った時に、カタカタと鳴ったのだとか。

 

ん?と振り返ってその前に戻ると、また

カタカタと鳴ったのだとか。

それで引っ張り出して、弦を張り替えてみたら

すごく良い響きだったのだと。

Chageの歴史の始まりにあるギターが。

それは、Chageを守ってくださっている存在からのメッセージだ。

私もお礼を言いたい。

ありがとうございます。

 

 

私には、去年12月のASKAの復帰コンサートでの

醜態が赦せない時期があった。

その後、私の中の指針であったCHAGE&ASKAは、切り捨てた。

私の40年間の一部でもあるものを

いったんすべて取り除こうとして、

実はこの9月のChageのライブにも

行くつもりをなくしていた。

 

けれど。

 

あまりにも、いくつかのタイミングが

重なったのかもしれないとはいえ、

デビュー40周年記念の日に

ASKAが ”脱退” という形をとるなんて

あまりにも、

あまりに、やりきれないことであった。

通過点に過ぎない、とわかってはいる。

でもやりきれない。

 

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行って良かった。

Chageの声がかすれていたのなんて、

私は40年の中で初めて聴いた。

ステージドリンクで喉を湿らせている姿も

初めて見たような気がする。

声のかすれはごまかしつつも

歌以外のところで、疲れているようにも見えた瞬間はある。

 

それも含めて。

強さを見た。

「昔」が吹っ切れていた。

私も、CHAGE&ASKAとは完全に別の存在の「今」として

Chageを見た。

 

それでもなお彼は、CHAGE&ASKAの楽曲も歌っていきます、と改めて宣言した。

良い楽曲なのだから。

 

歌のエネルギーが、彼を引き上げて行くのが見えた。

あるいは、Chageが少しでも弱気になってブレてしまえば

跳ね飛ばされかねないほどの

強いエネルギーを孕んだ歌をも、

彼は翼のように身につけて、体に取り込んで、歌った。

大きかった。

 

Chageは、これまでの歴史を

Gパンのお尻のポケットあたりのバッヂのように

さりげなく身につけて

自分は誰だ、歌でも歌おうか、と

魂で魂に呼びかけていける

とんでもない独立したアーティストだ。

 

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=おまけ=

ここにも、CHAGE&ASKAに訣別宣言した人が?

 

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Zepp FUKUOKA から地下鉄までの帰り道に、チャゲあす知ってる人ならすぐわかる NOT AT ALL ツアー(2001>2002)のタオルがポツンと・・・。

私も行ったさ。このロゴのマグカップなど、持ってたさ。

皆それぞれの、区切りの付け方。