アニマルコミュニケーション 19(火葬の日のあれこれ(2) 見えないリアル)

 このアニマルコミュニケーション19、20には、ヘンに長い時間がかかってしまった。詳しく詳しく書いては削り、削ってはまた延々と書き連ね、を繰り返した。書くことも、そしてそれを消すことも、どんだけ自分を見つめる作業なんだよ、と思う。

 また、見えない世界の話になるけれど、つながっていることなのでしょうがない。

 

【通い妻か】

 おらくが光の国に戻りました、とお世話になったヒーラーさんやホメオパスの方などにお礼をお伝えしておいた。ヒーラーさんからすぐお返事が来た。

 ーーー言うかどうか迷ったけど、見えたことだから言っておくね。おらくちゃん、あなたが別れた彼のところにも、行ってたみたい。ーーー

 なんだか、まるで娘が意味深な行動をとっていたとでも誤解を与えそうな言葉だけれど。

 

【たばことコロン】

 ああ、おらくだなぁ、と思った。

 おらくは、私たちが同居していた頃にはいつも、仲違いをしたら二人の間を行ったり来たりしてくれた。

 東京のたかの部屋で初めて口喧嘩になった時には、テーブルの上でこちらを向いて、私たち二人とちょうど正三角形をつくる位置に腰を下ろし、尻尾をくるりと前足の方にまで巻き付けて、目を瞑って、やれやれ・・・といった顔で、深くため息をついた。

 

<ちょうどこれと同じ姿で。その時は、尻尾の向きだけは反対で、左から巻いていたけど。>

 

 まるまる1年前、お別れしましょう出ていってくださいと伝えてからは、あちらは長年地層のように堆積させていた大量の荷物を掘り起こし始め、モノはいっそう広がって床を覆った状態になった。

 多少の物を処分した後はほぼ動く様子も見せず、暗いリビングでテレビを点けて座っているだけで、いつ出ていくのかもまったくわからないまま長い時間が経った。終わりが見えない閉ざされた時間は、永遠のように長い。出て行ったのは1ヶ月半後、12月中旬になっていた。

 その間、私は書斎の一部屋を仕切って二人分の机を置いていた自分側のスペースだけで過ごした。夜は寝袋で寝た。ベランダにも行きづらく、自分の洗濯物は、ハンガーを本棚や机に掛けたりしてできる限りそこに干した。

 猫たちはといえば、ただただふるむがべったり私の方にいて、おらくはたかの方にいることが多かった。時々、おらくが私の方にやってきた。おらくを抱き締めると、いつもたばことコロンの匂いがした。

 アニマルコミュニケーションでおらくと対話して、おらくが「ずっと一緒にいたいって、言ったの?」と聞いた時、私はこのおらくがつけてきた匂いの場面を思っていた。この時にもおらくは、私たちそれぞれに、ずっと一緒にいたいって言ったの?と聞いてくれていたのだと思う。

 

【ヘンな欲】

 おらくのことは私一人で送り出すつもりだったけれど、その対話の時にもたかに会いたいと言っていたおらくの気持ちを、リアルに思った。

 おらくが光に戻ったこととそれを連絡した理由を、伝えるだけ伝えて、うちにおらくの顔を見に来るなり、火葬に同席するなりしてもらってかまわないと言っておこうと思って、初めて私からメールを送った。

 寝かせたおらくを見ていると、もうすぐ永遠に消えてしまうこの姿をもう私しか見ないのかと思うともったいない、というヘンな欲も出て、できればこの姿のあるうちになんとか一目でも見てくれたらいいが、とも思った。けれど結局、連絡がついたのは火葬が終わった後だった。 

 

 ふるむに、おらくの姿はもうなくなるよと言ってみたけれど、ふるむも名残を惜しむふうでもないので、ここでも私のヘンな欲は満たされないまま。

 でもきっとふるむにはいつでもおらくはちゃんと見えるからいいね、じゃあちょっと行ってくるね、と言って、おらくには、たか来なかったね、そろそろ行こうか、と言って、棺を抱え上げた。

 酸素ケースのスイッチを切って、時間差で、ぷすん・・・と静かになっていく終わりの音をなんとなく聞かないように意識して、さっさと玄関を出た。

 

【影武者ネコ】

 実は火葬までの間に一度、書類関係の用事で、おらくを寝かせているリビングにしばらくヒトを通す機会があった。2週間ほど前にもいらした方なので、酸素ケースの存在もわかっているし、その時は痩せたおらくが玄関で出迎えてもいた。

 それでなおさら、どうしておくのがよいか迷ってしまった。一時的にケースごと隣の部屋に移動させておくのも、かえって何か尋ねられた時に説明するのが嫌だったし、隠すことではないしという気持ちもあった。

 とは言え、さすがに、仕事で来ただけの人に、目も口も開いたまま時間とともに剥製の表情になっていっている獣の死体を堂々と見せるのも気が引ける。一緒に暮らす死体に酸素をかけ続けるオンナというのも不気味だろう。

 むー・・・・と悩んだ挙句、直前になって、敷いていた毛布ごとくるっとひっくり返して、後ろ向きの寝姿にしてバスタオルをかけてみたのだった。

 リビングに入ってきたその方が挨拶がわりといった感じで「あれ、今日は、猫ちゃんは・・・」とおっしゃるので、「ああ、1匹はここに。もう1匹はむこうに。」と、「事実」だけ答えて、用事に移った。

 さりげなくまだ生きているふうを装ってヒトを欺くなんて、ふふふ、息の合ったおらく&私コンビの作戦成功といった感じだった。

 コトを荒立てまいと世を欺くこの感じ、なにかちょっと、おらくが時の女帝か女将軍で、おらくの生死は機密事項、どこかにおらくの影武者ネコがいるような気までしてきた。

 ん?まだどこかにいるのが、本物の方か?じゃあ、ずっと私をも欺いて暮らしていたというのか?時々ベランダの仕切りを越えてお隣に脱出してしまった、あの時だったのか?入れ替わったのは。やるな、おらく。

<おや、お客さまかい?いらっしゃい。>

 

【火葬終了】

 夕方、小さな骨壺を抱えて、静かな陽が差す落陽楼に帰ってきた。その後、からっぽになったケースのそばで、明るいうちから寝てしまっていたようで、夜、たかからの電話で目が覚めた。

 やっぱりメールを見ていなかったそうで、経緯を話したらそこで初めて小さく言葉をつまらせて、メールを読んでからかけ直す、と一旦切った。

 しばらくしてかけ直してきて、とりあえず来てもいいかと言うので、もうすべて済んだ後だけれど、まあどうぞと返事し、10時頃だったかに、たかはおらくに会いに来た。

 

【23日と23日】

 そうか。今気がついた。火葬の日は、10月23日。12月、一人になって10日ぐらい経ったころ、それまで完全に元通りかと思えるほど一旦回復していたおらくが、夜になって急にまた痙攣を起こし、両手足は宙を激しく掻いて目は泳ぎ、私は冷えて、覚悟したことがあった。

 さすがに、別れた途端に何もたかに伝えずにこのまま終わってしまうのは悪いと感じて、既に削除していた電話番号を思い出し、もう最期かもしれないから来てくださいと電話したことがあった。それも23日だった。たしか。

 すぐに通じたけれど20分ほど経ってたかがうちにやってきた頃には、おらくはもうケロッと回復していて、冗談みたいな再会だった。ほか弁を食べて、別れた。

 それからまるまる10ヶ月後の23日が、こんな日になっていて、再びたかがやってくることになろうとは。

 たかは、おらくの前で少し泣いた。私が落ち着かないまま朝になった頃にスケッチして放り出していたおらくの姿を見て、「俺が知ってるおらくよりもっと痩せてる」と言った。そうでしょう。あれから10ヶ月という時間の波を、とことんくぐってきたのだから。

 泣いているたかの斜め後ろで壁に寄りかかって、私の方はなにか、たかがちゃんと悲しんでいることへの安堵感のようなものと、疲労感と、元には戻らない時間とを同時に感じて、ぼーっとしていた。

 

 

 

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アニマルコミュニケーション18(火葬の日のあれこれ(1) 落陽楼の思い出…おらくに花束を。)

 

 アニマルコミュニケーション20(火葬の日のあれこれ(3) おらくザウルス)